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お気の毒な小泉総理

小泉流パフォーマンスはもはや誰にも通じない


 最近の小泉首相の言動を見ていると、何だか気の毒になってきます。
 小泉さんは、みずからを“改革者”と規定して、それに歯向かう与党政治家を“抵抗勢力”と位置づけてきました。マスメディアに向けて、いわば仮想の党内抗争をアピールしながら、表向きは周囲と対決するその摩擦熱で政権の浮揚を図ってきた。
 しかし、パフォーマンスやその言動の受けの良さ、小泉さんの表面的な面白おかしさに目がくらむ時期はすでに終わったのでしょう。自らの年金問題を「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろだ」と答弁し批判を受けましたが、これまでも首相の国会答弁は心もとないものでした。得意な分野については能弁ですが、大体において官僚の作文をただ棒読みするだけ。疑問を呈されれば「人生いろいろ」のように開き直ってしまう。
 イラク特措法をめぐる党首討論でも、当時の民主党の菅代表に、「イラクのどこが非戦闘地域なのか言って下さい」と問われて、小泉さんは「私に聞かれたって分かるわけないじゃないですか」と答えましたが、それを聞いて、私は思わずのけぞりました。イラクに派遣された自衛隊の最高指揮官の発言としてはあまりに無責任です。
 他にもこれまでの総理でしたら罷免されてもおかしくないような発言がずいぶんあったように思うのですが、国民にすべてが伝わったわけではありませんし、小泉さんのいう改革に国民が大きな期待を寄せていたから、大目にも見てもらってきました。それがここにきて、参院選後の支持率の低下などをみると、小泉さんは賭け値なしの評価にさらされるようになったのだと思います。
 さきの参院選の投票日直前には、インドネシアで曽我ひとみさん、ジェンキンスさん夫妻が一年九ヶ月ぶりの再会を果たしました。これは大変喜ばしいことですが、なぜ投票日直前という日程でなければならなかったのか。私はそこに小泉さんの焦りを感じますし、常に“話題づくり”を演出し続けなければならないことを気の毒に思うのです。
 2002年の小泉訪朝は日朝関係に風穴を開けた歴史に残る快挙だったと思いますが、五月の二度目の電撃訪朝には疑問を抱いています。総理は二十五万トンの食糧支援を表明したとされますが、北朝鮮側との対話を深めなければならない時期こそ、いっそう慎重で巧みな外交手腕を示さなければならない。議員個人のスタンドプレーや思わせぶりの秘密外交は、その底の浅さから必ず北朝鮮を利する方向に働いてしまいます。総理はもう少し威厳をもって北朝鮮に接した方がよかったのではないでしょうか。
 私は拉致議連に入らせていただいたばかりなので、拉致問題の本当の深刻さを理解できているとは思いません。それは小泉総理も同じなのだと思います。拉致被害者のご家族が帰ってきてそれで解決とされては困る、そういう関係者の深い思いを受け止められなかった。事実、その後の日朝実務者協議では、拉致被害者調査について北朝鮮側は具体的な回答を示さなかった。残念ながら、首相の電撃訪朝が北朝鮮に軽く受け止められてしまったと考えざるを得ません。これなら私が代りに行ってもよかったのに、とまで思わずにはいられませんでした。
 九月に小泉総理は北方領土を視察するそうですが、いまは日朝交渉だけではなく、日ロ正常化、北方領土返還へ意欲を見せられているようです。その意欲や大いによしですが、これも内政の行き詰まりを外交に転嫁して、国民の目をそらしているようにも見えるのが、残念でなりません。

「民営化ありき」の胡散臭さ

 小泉さんが登場したとき、「改革なくして成長なし」と構造改革の必要性を提言したのは、100パーセーント正しかったと思いますし、私も小泉さんに大きな期待をかけていました。しかし、この三年半でわかったことは、小泉さんの“改革”には、誰のための改革かという視点がまったく欠如していることです。
 道路公団民営化にしても、郵政民営化にしても、そうです。とにかく民営化すれば改革であるというばかりで、そもそもなぜ郵政を民営化しなければならないのか、民営化によって国民の生活がどう変わるか、という議論は尽くされていない。国民にとって何がよりよいサービスなのか、国民のニーズこそ重要視されるべきだと思いますが、その気配はありません。現時点で日本郵政公社として取り組みの始まったサービスの実態を検証することにも関心がないようです。
 私は郵政民営化に必ずしも反対ではありません。公社であれ民営化であれ、要は、それが国民のためのサービス向上につながればいい。私は短い間でしたが郵政大臣をさせていただいて、郵便局というのはきわめて優れたネットワークである、と考えています。
 東京のような大都市はもちろんのこと、過疎の地域にもライフラインのひとつとして存在している。私が願っているのはこの郵便局の利便性がより高まることです。そのための民営化であれば諸手を挙げて賛成します。たとえば、郵便局に小口金融の貸し付けができたり、大量の郵便物を送れば相対料金で割引になるということができれば、国民にとっても望ましい。郵便、郵貯、簡保の三事業の形態はどうあれ、資産運用や事業展開などにおいて国際戦略がとれるようにすることも重要です。
 反対に、全国津々浦々のどこに住んでも不利益がないような現在の公平なサービスを弾力的に提供できなくなる恐れがあるのであれば、国が関わっても構わないと思います。結果としてユーザーにとってプラスになることが重要だと思うのですが、小泉総理の民営化論にはこの視点がまったく欠けています。最初に「民営化ありき」というところに胡散臭さを感じるのです。
 しかも小泉さんの目指すところは、どうやら郵政三事業の弱体化だということも透けて見えます。
 民営化のひとつの根拠として、郵政三事業のうちの金融二事業、郵貯・簡保が銀行や保険会社などの「民業」を圧迫していることが挙げられています。
 しかし、郵貯の大半を占める定額貯金の金利を民間より低くすることが定められていながら、郵貯・簡保がここ数年で大きく増えた背景には、民間の金融機関に対する不信があると思います。大口預金者はいろいろと優遇するが小口の預金者からは口座管理料をとる。こんなことでは小口預金者が銀行から流れるのは当然です。郵貯に預けられている二百三十兆円は、郵便局が強引に奪ったわけではなく、民間企業の傲慢さの反映でもあるわけです。
 もうひとつ、民営化の最大の根拠とされているのが、「財政投融資(財投)改革」です。
 2001年に財投債や財投機関債からの資金調達が始まるまでは、郵貯、簡保、年金資金は、有無をいわさず大蔵省の資金運用部へ強制預託されていました。この財投が特殊法人の資金となってきたことから、“資金源”を断てば、特殊法人は無駄遣いができず効率化するしかないという発想です。
 確かに特殊法人が非効率であることは周知の事実で、特殊法人改革は急務でしょう。しかし、私は諸悪の根源は、莫大な預託金を徴収しながら、それをうまく回せなかった大蔵省だと考えています。その責任は問われることなく、郵政が責められている。そこに「大蔵族」といわれる小泉首相が、財務省や銀行の意向に沿って民営化の旗を振っている様子が見てとれます。
 しかも、巨額の赤字を垂れ流しているのは出口(特殊法人)のほうなのですから、そちらにメスを入れるのが先決のはずでしょう。出口をやっつけるのは時間がかかるし、各省庁の反対にあう。だったら元の蛇口を締めればいいという単純な発想では、本質的な解決にはつながりません。構造改革のためには数多くある特殊法人を、一個一個ひねり潰していくくらいのパワーが求められるのです。
 郵便事業がユニバーサルサービス(全国一律サービス)を標榜するかぎり、100パーセントの民営化は困難です。郵政民営化の先進例といわれるドイツポストでも、一度は分離した郵便事業と金融部門を後にひとつにしていますし、ユニバーサルサービスについては政府の介入で解決した経緯があります。展望のないまま民営化して、ユニバーサルサービスの費用を一般財源から負担しなければならないということになれば、これは増税へとつながるわけですから、まさに本末転倒もいいところです。私たちの世代に中途半端でいい加減な民営化をしたことが、後世のツケにまわることも十分に考えられます。

参院選の敗因分析

 私は、自民党の多くの政治家が心から郵政民営化に賛成しているとは思えません。しかし、小泉総理は、そうした“慎重論”に耳を傾けるどころか、郵政の民営化の賛否を「入閣の条件」として掲げました。これはきわめて狭量だと思いますね。
 私は小渕内閣に郵政相として入閣しましたが、その前の総裁選では、ハードランディングを主張する梶山(静六)さんを応援して、小渕さんを徹底的に批判しました。そんな私と与謝野(馨)さんを小渕さんはあえて内閣に迎えてくれたのです。これは、自分とは異なる意見も尊重するという小渕さんのお考えがあってのことだったと思います。私たち政治家は、一億三千万人の国民の多様性をできるだけ実現しなければなりません。“踏み絵”を踏ませてまで、反対意見を頑に排除する姿勢は、為政者のとるべきものではない。私の入閣にふれるメディアもありますが、小泉総理の政治姿勢に基本的に疑問を持つ私に、そのつもりがないことを一言申し添えておきたいと思います。
 私は「保守本流」を歩むことを国会議員としての変わらぬ課題としてきました。私にとって、「保守本流」とは、敗戦の教訓に立った日本国憲法の精神に則り、本来国民の多様性を尊重する自由民主党の原理原則に基づく政治的な道です。私たちの先達が尊い犠牲と引き換えに残してくれた日本を、「自由」と「民主」を実現する国家として再生させていくことが、戦後に働く議員としての使命だと考えています。
 しかし今、自民党は「政権」の座にしがみつくことで、「国民政党」の誇りを失おうという危機に瀕しているのではないでしょうか。先の参院選で敗北を喫したにもかかわらず、もの言えば唇寒しで、誰もがはっきり敗因を分析しようとしないのも、その現われだと思います。
 安倍(晋三)幹事長は、参院選に負けたというお立場があって認められないのだとは思いますが、当初の目標である五十一議席に対し、四十九しかとれなかったのだから、明らかに自民党の敗北です。しかも、比例代表区にせよ、選挙区にせよ、自民党の獲得票数はともに民主党より少なかった。今回の戦いに限っていえば、自民党は「第二党」に転落したのです。
 「人生いろいろ」などの総理の発言が有権者の信望を失わせ、参院選の敗因になったといわれますが、その小泉さんを担いでいるのは、ほかならぬ私たち自民党員です。小泉さんの失敗は、同時に自民党の失敗でもあることになる。
 では、自民党の過失とは何だったのでしょうか。まず、候補者選定のあり方が未整備だった点が挙げられます。候補者の平均年齢がおよそ五十七歳、女性候補はわずかに五人という状況が、国民の期待に応えうるものだったのかどうか。
 また、公明党との選挙協力にも考え直すべき点は多いと思います。公明党との連立で自民党が得るものが多かったのは事実です。どちらかといえば大企業偏重の自民党に対して、「弱き者が幸せに暮らせる方が、お金はなくても幸せな国」という考え方を、公明党が提示してくれたことは重要だと思います。
 だが、連立と選挙協力は別です。自民党から比例の候補者を出しておいて、「比例は公明党に」と言わせてしまう。これは選挙制度の本来の趣旨に反することで、有権者を愚弄した行為です。なし崩し的に深められてきた選挙協力の結果、自民党の存在意義が薄らいでしまった。公明党のおかげで数万票が入ったなどといわれますが、おそらく同じくらいの自民票が失われたのではないでしょうか。
 そしてさらに大きな問題は、小泉さんの言動に批判があっても、党の中で諌めて変えていただくという努力がなかったことです。自民党総裁らしからぬ発言の軽さが気になっても見て見ぬふりで、総裁派閥でもそういう言及をする人はまず見当たらなかった。何を言っても「小泉さんのまたいつもの発言」と諒解してしまった。それが問題だったと思います。
 もっともこれには、長いものには巻かれろ、というある種の無力感なり脱力感が党内にあったことも影響しています。
 私は小泉さんが総裁に選ばれた2001年4月の総裁選では、麻生(太郎)さんを推しましたし、昨年9月の総裁選では高村(正彦)さんを推しました。この二度の選択において、私は小泉さんがもっとも総理にふさわしい方とは判断できませんでした。
 そもそも政党の総裁を目指す方が、政党を育てますとは言わずに、壊しますといって人気が出てしまった。「文藝春秋」の編集長はより多くの人に読んでもらうように力を尽くすのであって、「文藝春秋をぶっ壊す」とは言わないでしょう。この奇妙な自己矛盾が世間一般の党員に受け入れられたことに、私たちは政党人として虚無感に襲われたのです。その虚無感はまだ党内に続いていますし、総理になってからは、反対意見を言おうものなら、“抵抗勢力”にされてしまう。

自民党のノスタルジー

 それでも私のような“小物”が言うべきことは言おうと考えるのは、小泉さんのひと言で日本の歴史が大きく歪んでしまうかもしれないからです。
 内政では道路公団や郵政の民営化、外交では日朝間の正常化など、小泉さんは遮二無二決着を急がれているようにも見えます。自分が実現しなければいけないという使命感には敬意を払いますが、拙速は避けるべきです。一度失われた国益はもう取り返しがつきません。
 何も小泉総理がすべてを決着させる必要はないのです。たとえ道半ばであってもプロセスが進めば、次の政権が必ず引き継ぎます。きっかけを作った小泉総理は歴史に名を残すことになるのです。北朝鮮やロシアに対してはいろいろな駆け引きがあっていいし、正常化に何年かかってもいい。内政でも論議を深めるべきテーマは数多くあります。
 小泉総理のお蔭で、政治がマスコミの注目を集めるようになり、多くの人達が政治の動きに関心を持ってくれるようになりました。構造改革の必要性を国民に知らしめた功績も非常に大きいと思います。ところが、小泉さんは中曽根元総理などとは異なり、総理になろうと思ってキャリアを積んできたわけではありません。建設的な準備や覚悟もないまま、「アンチテーゼ」を訴えて出てこられた方です。「特区」構想などすばらしいアイデアを提示されていますが、それ故、改革についてのお考えがどこか本質的なところに至っていないように思います。
 私たちの生活を規定している法律の多くは、昭和二、三十年代に、日本が敗戦の痛手から再建する途上で制定されたものです。自衛隊はその好例ですが、その法律に改正に改正をつぎ、屋上屋を重ねてこれまでやってきた。いま求められる改革は、パソコンもなかった時代の法律を一から見直して、平成の時代に合った法体系を整備することなのです。
 昭和二十年代の、子供が大勢いて寿命が短かった時代から大きく変容し、いまはその対極の老人国家が出現しようとしています。ドラスティックに法を変えなければ国家が破綻してしまうのです。そのなかで、自分は今の仕事を将来続けていけるのだろうか、老後の生活設計は大丈夫だろうか、そうした国民の不安にしっかり答えることが政治の役割です。年金や介護の問題にしても、時代状況を説明して国民のコンセンサスを得ることが重要です。国民生活を守る視点からいえば、私は道路公団や郵政の民営化より、これまで聖域といわれてタブー視されてきた、社会保障制度の抜本改革をすることが急務だと考えています。
 自民党も来年は結党五十周年の記念すべき年で、党の基本理念や憲法改正案を用意していますが、ここで気になるのは、「昔はよかった」というノスタルジーが蔓延していることです。
 たとえば家族のあり方について、「かつての家制度を復興させよう」というニュアンスの党の答申を出しているのですが、果たしてこの考え方が現代で受け入れられるものでしょうか。家族が幸せに暮らすのはとても大切なことですが、家族を国家がしばるという発想は前時代的なものです。バブル経済が始まる前までは、高度経済成長下で政治や経済に活力があった。家族はお父さんが働いて、お母さんが家にいて温かかった。そういう“過去の栄光”がフラッシュバックされて、あの日に帰りたい風の憲法改正論議につながっているのだと思いますが、それはもとより無理な話です。
 良質な保守主義というのは、成熟した大人がそれぞれの自己責任において国家をつくっていこうとする気概のことだと思います。日本という国が生きかたの多様性を認めてくれるのであれば、そのぶん自分のできることを国家に返そうという意欲。それを自発的にだれもがもてるような社会を私はつくりたいのです。

サッチャー元首相が理想

 数年前、野中(広務)さんが「野田聖子も将来の総理総裁候補の一人」と言及され、古賀(誠)さんがそれを肯定する発言をされたことで、にわかに将来の総理候補のように見立てるマスコミが出てきて恐縮するばかりですが、冗談でも名前が挙がるのは光栄なことだと思っています。私は、初当選したときから「政治家になったからには、総理大臣を目指して勉強するのは当然だ」と公言してきました。
 中曽根元総理は政治家一年生の頃から、総理大臣になったらすべきことを大学ノートに四、五冊分書いたという逸話があります。中曽根先生には及びもつきませんが、私も小さなノートを「野田ノート」にしていて、もう十数冊たまりました。並行して二冊を用意しているのですが、一冊はデータベースのようなものです。今年でいうと、牛肉問題から、裁判員制度、金融の問題まで、あらゆる分野を書き込んでいます。もう一冊は、このデータをもとにしたスピーチメモです。講演会などで実際にお話しした草稿もありますし、スピーチになりそうなアイデアも書き留めてあります。私がこれまでまとめてきた政策や立法などは、このノートの成果でもあります。
 与党の議員は質問を考える必要もないし、楽をしようと思えばいくらでも楽ができるんです。私は生来怠け者なものですから、自分を奮い立たせるために、このノルマを課してきました。もし自分が総理になったらきちんと答弁できるかを自問自答し、できなかったら勉強する。これを議員になって以来十一年間、拙いなりに繰り返してきました。
 小泉さんの総裁の任期が切れる二年後に、私がどうなっているのか想像もつきませんが、私はみずからの力で光る代議士でありたいと思っています。
 昨年末、所属していた高村派を離脱しましたが、それはおそらく祖父の遺伝子がそうさせたのだと思います。私の祖父の野田卯一(元建設相)が無派閥を通したように、いつか私も無派閥で歩いていかなくてはならないと思っていました。その祖父の実力を、吉田茂さんや三木武夫さんは認めてくださいました。私も派閥の順番で選ばれるのではなく、野田は頑張っているから使ってみよう、そう評価される国会議員であり続けたい。
 小渕内閣で私に大臣就任の噂が立ったとき、はじめは環境庁長官ではないかといわれていました。その噂を耳にはさんでいたので、私は野中官房長官(当時)に電話をして、「申しわけないですが、郵政大臣以外は受けられません」と申告したんです。野中さんからは、「厚かましい奴っちゃ。ふつうは誰でも何でも受けるもんや」といわれました。でも、理由はしごく簡単で、私はその直前まで郵政政務次官を務めていたから、郵政のことなら明日からでもやれる、だけど環境ではこれから勉強しなくてはならない、という言い分だったのです。
 自らの得意としないところでも、ポストが来たら受けるという生き方もあると思いますが、私は、自分の得意分野を国政に生かす国会議員でありたい。しかし、無派閥といっても、それは小泉さんのような一匹狼を目指すということではありません。
 たとえば、私は夫婦別姓を認める立場ですが、それに大反対する人の気持ちもよくわかります。私が考える政治的リーダー像とは、その両者の意見を汲み取って、きちんと緩衝地帯をつくれる人のことです。政策を推進していくにあたり、それに否定的な立場の人にもきちんとお膳立てをして、自分の思うところを一つずつ進めていく。私は敵をも抱き込んでいく“肝っ玉母さん”のようでありたい。
 資源のないこの国では、人間の知恵こそがかけがえのない財産です。その人間をまとめあげるのが総理総裁であるわけですが、私が郵政大臣を経験して、つくづく実感したのは、日本におけるリーダーは、タスクフォース(特別作業班)の間に立つジャッジである、ということでした。たとえば省ごとなどに利害が対立し、大臣でも調整できないときには総理が決断を下すしかない。だが九割は適材適所のタスクフォースの中でやってもらう。だから私はどの人が何に向いているのか、注意深く見るよう努めています。
 私の理想の政治家は女性として宰相をつとめたイギリスのサッチャー元首相です。あまり知られていませんが、就任当初のサッチャーさんというのは、さほど期待をかけられていなかったのです。しかしその後の政策が評価され、いまでは英国を救った政治家という評価を受けています。私も就任当初の支持率ではなく、最後に何をなし得たかで評価される政治家でありたいと思います。
 私が鶴保(庸介・参議院議員)と結婚したのもサッチャーさんの影響が多少なりともあって、自分は怠け者だし弱虫だし、精神的なプレッシャーをきちんと処理できる場として、家族や家庭が必要だと思いました。結婚は自分にとって大きな国会議員になるために必要なプロセス、そういってしまうと相手に悪いかな(笑)。私も時が来たら、「鉄の女」はこわすぎますから、できれば、「プラチナの女」になりたいですね。